TVシリーズ初監督作品2005年11月08日 08時59分44秒

 1989年4月から1990年3月まで、『アイドル伝説えり子』といふのをやっとった。
 サンミュージックの田村英里子の名前と楽曲をお借りして、波乱万丈のアイドルストーリーを描くといふ企画だ。しかし、当時すでにアイドルブームはかげりを見せてゐた。
 と思う。
 以前にもこのブログに書いたと思うが、田村英里子はドーナツ盤最後のアイドルでは無いかと思う。
 それはさておき、アイドルもののアニメーションを作るにあたって、アイドルは研究した!?
 アイドルと言っても昨今のアイドルのイメージとはだいぶ違うのでは無いかと思うが、その辺の考察は専門家にまかせる。
 本田美奈子.は名前が好きだったので、よく覚えてゐる。当時は「.」は無い。
 特に印象的なことはアイドルと呼ばれることを嫌い、自分はアーティストだと言っていたことだ。
 それをあからさまにバカにしてゐた某バンドリーダーのことも記憶に残ってゐる。
 テレビドラマのエンディングを歌ってゐた。タイトルは忘れた。プリテンダーズの「ドントゲットミーロング」にそっくりな曲だった。彼女の歌っている姿は思い出せるが、何故か曲は思い出せない。だから、今頭の中でぐるぐるしてゐるのは「ドントゲットミーロング」の方だ。
 『アイドル伝説えり子』は、別に当時のアイドル界を表現してゐない。別物なので御容赦願いたい。この作品はテレビシリーズ初監督作品だし、その後、LDが出る時にチャプターを決めるために、流し見してゐるので、結構良く覚えてゐる。
 くり返すが、えり子は波乱万丈の末39話で、栄冠を勝ち得る。テレビシリーズをやってゐると、延長か打ち切りかで、ストーリー展開を考えなければならない。えり子も、どうなるかわからない作品だったので、39で終わってもいいように作った。延長が決まっても、そこまでの展開を返るつもりもなかった。39話は丁度年末にあたるので、賞取りストーリーが手ごろだったのだ。
 その後、えり子は48話まで平和な日々を送る。それはもう腑抜けるぐらいに平和に浸る。
 しかし49話でいきなり「アイドルって何?」と少女マンガのような(そもそも少女マンガか‥‥‥‥)悩みが訪れる。そして、失踪し、51話(最終回)のラストまで、えり子は消える。
 えり子はアイドルとアーティストのはざまに悩んだわけではない。ただ単純に波乱万丈から抜けた後、自分の存在そのものに疑問を感じたのだと思う。
 周囲の人々は、えり子の不在に戸惑う。それぞれ受け止め方は違う。感傷的、建設的、独りよがり、困惑。共通点は、空白感だ。えりこ自身を襲ったのも空白感だ。
 しかし、身近で無い人々。テレビや雑誌でしかえり子を知らない人々は、空白を感じない。マスコミがいかに騒ぎ立てようとしても、人々は冷静だった。
 そして風が吹く。
 空白を感じなかった人々には風のメッセージが届き、それぞれがとある高原へと向う。全国各地から一ケ所を目指して身近で無い人々が移動してゆく。
 その風はえり子の方から吹いた風では無い。もっと、気紛れなものだ。
 でも、えり子も自分の中の空白感が、その風に引かれたのかそこに現れる。
 えり子が失踪してゐる間に何をしてゐたのかは、わからない。描かれない。考えてない!
 でも、とにかくえり子は戻った。そこはテレビアニメだ。作り手の楽観性も出てる。
 現実は厳しい。本田美奈子.は戻らなかった。38歳だ。年寄りならいいか?とさういふ問題では無いが、やはり若いのにと思う。「突然」と報道されてゐるが、突然ではあるまい。本人の苦しみは本人にしかわからない。ぼくに空白感は訪れないが、やるせない気分にはなる。
 片岡義男の少女向けの短編小説に『飛びなさいと星がいう』といふのがある。漢字の使い方とかは違うかもしれない。忘れてしまった。
 これは、校舎(ビル?)の屋上から飛び下りてしまった子のお話だ。飛び下りてしまった子の手記だったか、あるいは会話だったか「とびなさいって星がいうんだ」といふ言葉を、親友が聞く(見る)。
 後日その親友は空を眺め「どの星だろうね。そんなこと言う奴は」と静かな怒りを込めて言うのだ。