帰宅 ― 2006年06月02日 23時34分47秒

もちろん仕事です。
「もちろん」といふのは、仕事人間だと言つてゐるわけではなく、海外旅行ではないといふだけの意味です。仕事としてはさほど大した事はしてをりません。どちらかといふと付き添ひといふ感じでせうか?みなさん大変でしたが、ぼくはお尻が痛くなつたぐらいなもんで、あまり自慢は出来ません。
それでも、くたびれてしまつたので、けふは報告だけ。
それだつて何も無理して書く事もありませんが、最近燃えてきたブログ魂!?が、書けと‥‥‥。
北京は初めてです。豪快なところだなと思ひました。
まあ、せつかく行つて来たので、整理しつつあれこれ、書くつもりであります。
しかし、帰りの西武池袋線の混雑にはびつくり、いはゆる通勤ラッシュの時間でもないし、最終電車間近の混雑時間でもないのに、電車からはもちろん、ホームからの溢れんばかりの人でした。北京も相当人の多いところだなと思ひましたが、負けてないぜ西武池袋線!
て、まあ広さが全然違ふのだけど‥‥‥。
比較的低空 ― 2006年06月03日 23時54分00秒
39と32の差は確かだと思ふ。さうすると、おそらく合つてゐると思ふのだ。7000フィート差だ。
飛行機に乗るのは久しぶりだし、そもそも本州を縦断するのは初めてかも知れないので、これまた確かな事は言へないのだが、なんか山が近く感じた。
そして、パノラマカメラ(ワイドラックス)で、飛行機から撮るのは間違ひなく初めて。(以前『もの自慢』したカメラ。昨年の5月か6月だと思ふ)

35ミリフイルムカメラで、レンズ25ミリとなると、大胆な画面になる。低く飛んでゐるのは確かなのだが「地球は丸かつた」と言ひたくなります。
窓ガラスにへばりついて撮つた写真であります。富士山の後に見えたので(この後、日本海を渡り朝鮮半島を経由して大陸へ入つたので)赤石山脈だと思ふんだよな。
尾根がよく見えたんです。山小屋らしきものも(写真ではわかりません)

なんかスペースシャトルから見たかのやうな写真。(でもない?)

山脈の方向が、飛行機と直角なので、縦に撮つて見ました。
あれ?
う〜ん。なんか自信がなくなつて来た。赤石山脈だと、もう少し後方へ流れるのではないだらうか?でも、富士山のすぐ後に見えたからな〜。
‥‥‥‥‥。
う〜ん。コースとしては、赤石山脈、木曽山脈、飛騨山脈とまるで、小学生の社会の勉強のごとく、日本アルプスを次々に横切つてゆくのだ。
まあ、だからいいや。
低めで山がよく見えて楽しかつたのだ。
ポスター ― 2006年06月04日 23時21分26秒

イメージは「ダラスの熱い日」といふケネディ暗殺をテーマにした映画です。『JFK』ではありません。
北京シリーズ第2弾(いや、第3弾か)といふことで。
一昨日のコメントでいくつか訂正したいところがあるのですが、とりあえずひとつ。ぼくは『付き添ひ』のやうなものと書きましたが、傲慢でした。
付き添ひといふのは、人の面倒を見たりする重要な役割でして、ぼくにはとても出来ません。ぼくはつまり単なる傍観者であつたと訂正します。
それはさてをき、仮にも映像関係の仕事をしてゐる以上、出かけるときにカメラは必需品です。以前は、重からうと、邪魔だらうと、少なくとも4台は持ち歩きましたが、ここ数年、2台。がんばつて3台といふところでせうか。
あれこれ考えて選びます。景色を撮るにはとりあえずパノラマカメラは持ちます。(重いけど)今回は、それに『珠江』といふ中国製のカメラ(確かこれも「もの自慢」した筈)を持つて行きました。あまり意味も無く中国製だからです。
それで、いつものことですが、今回はとくに露光不足、ピンぼけ、手ぶれなど大変激しく、最近しつかり写真撮つてないなと実感しました。まあスタジオ内はどうしても暗いので仕方ないのですが、みんな仕事してゐる時に、あまり遊ぶ訳にもいかない。ちなみに写真を撮るのは趣味で仕事ではないですから‥‥‥(なんか言つてゐることが矛盾してきた?)
と、そこで、人の顔のよくわからない暗い写真が撮れたので、ポスターを作つたのです(???)まあ見る人が見れば判りますが(ごめんなさい)
とにかく、スタジオへ着くや否や問題続出です。この深刻なムードが伝はりますでせうか?
ファインダーをのぞいてゐるぼくは、つまり傍観者です。
北京編、四 ― 2006年06月06日 23時06分38秒
シルクロード少年ユートの音楽を録りに行つたのです。
シルクロードなので、どうせなら中国の演奏家たちを集めて男女多数楽坊なんて凄いぢやないといふ安易な発想から実現してしまつたおおらかなもくろみです。
スタジオはOASISといふ名で、日本で言へば日比谷公園や上野公園を暴風が襲つた後、現在復興中といふやうな、素朴さと風致感のある。
そもそも北京とは、おそろしく豪快な所で、開放感と閉塞感を同時に持つてゐます。閉塞感はおそらくぼくが持つてゐる偏見によるものだと思ひますが、例えば同じ言葉を使ふ台湾では、バシバシと平然と撮つてゐた写真ですが、ここでは何故だらう。一枚一枚撮るたびに不思議な緊張感が走ります。それは広すぎる空間から来る無視感もあるでせう。なんとも言へない疎外感。そして、どうしても共産圏の(あくまでもぼくのイメージですが)香りが、周りを包むのです。
今、中国は変化の真つ最中で、ぼくのイメージはあきらかに違つてゐるのですが、この不思議な感覚は、解決しませんでした。
といふか観光に行つたわけではないので、そんなことに時間をかけるわけにもいかない。いかな傍観者と言へどもスタッフはスタッフ。一人町をふらつくわけにもいきません。

これがスタジオ。
この写真の奥右手にだだっ広い空き地あり、放置された建物があります。
つ〜か、これです。

対比物も無くよくわかりません。
カメラを替へて少し寄つてみます。

この公園(と呼んでおきます)には博物館があるのですが、こんな場所とか、工事してゐるところとかあり、まさしく復興中といふ感じ。

これ、スタジオの裏手といふか横手。池があります。でかい魚がゐます。時々、ビバシッ!とはねます。はじめカエルかと思ひましたが、魚です。種類はわかりません。池周辺の写真は後日。
そして、再びスタジオ表。

この人、映像側のプロデューサーですが、無造作に歩いてゐるのは大理石の階段です。
このとき、よもや、この階段のおかげで、とんでもない事態が起こるとは、誰も、だあ〜れも、思ひもよらなんだのです。
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