何が不安なのか?2007年07月30日 19時56分59秒

 これは、1999年のとある日。
 つまり東海村の小島の磯でカニのバケツリレー事件の年。
 渋谷で行はれた反原発集会でもらつたステッカーだ。
 いまだに持つてゐるのは、良く出来てるからだ。
 ぼくは、原子力発電所に賛成か反対かと言はれれば反対だ。
 しかし、残念なことに、では、どうすればいい?と聞かれても答えられない。
 いはゆる「メカもの」の企画をやつてゐると、一度は必ず「動力は何?」といふ話題になる。ぼくの場合たいてい有耶無耶にすます。何か新しいエネルギー源が発見されるんだよ。それでいいぢやんと願ふのだが、説得力はない。

 ところで、その原子力発電所なんだが、問題はあらう。最近でも耐震の想定がどうのかうのと話題になつた。しかし、反対といひつつ、いざ、もう原子力発電所は止めますとなつたら、それはそれで、不安なのだ。

 別に電力供給の問題を心配してゐるわけではない。

 気になるのは「放射性物質のその後」だ。今現在稼動してゐる(商売として成り立つてゐる)ところでも、管理機構に問題ありなのだ。もしも、不要になつたら、誰が責任を持つて放射性廃棄物や、ぎんぎんの放射性物質の管理をするのだらう?誰が、半減期を見届けてくれるのだらう?
 元々、自然界にあるものだから、放つとけばいいのだと、いふ意見もあるやも知れぬ。でも「臨界させてあげるよ」とだまして連れ集めて来た彼らをそのまま放置してすむわけがない。
 おそらく、しつこいやうだが、電気を生み出してゐる間は、役に立つから、予算も得られるだらう。でも、ただ、安全のため、安心のためだけにどれだけの予算が組まれるだらう。

 ぼくは子供の頃、近くの空き地で、肥溜めに足を突つ込んだことがある。
 肥溜めとはご存知か?
 記憶は曖昧だが、近くに畑があつたのだと思ふ。ぼくは、東京育ちだが、昔は『空き地』がたくさんあつたのだ。もしかしたら、立ち入り禁止だつたのかも知れないが、間違ひなく子供の遊び場だつた。
 だから、そこで、肥溜めに足を突つ込むのは自己責任だ。
 子供の頃の記憶だから、定かではないが、直径2メートルぐらいの丸い穴だつた。表面は地面と同じ高さで、地面と同じ様な色をしてゐた。もちろんほのかに臭ふが、広い野原だ。漂ふ臭気を気にしてゐたら、遊べない。
 ぼくは、その丸いくくられた穴に満々とたたえられてゐる土色の、物体がなんであるかは知つてゐたはずなのだが、おそらく、その『固さ』と『深さ』が気になつたのだと、思ふ。自分のことで「思ふ」もないものだが、結果を考えれば「魔が差した」としか思へない状態だつたわけだから、想像するしか無い。
 ま、とにかく、気になつたぼくは、そぉ〜っと、足を乗せてみたわけだ。
 そぉ〜っと、もしかしたら上に立てるかも知れないと思つたのかも知れない。
 しかし、立てるわけも無く。それどころか、そぉ〜っと、差し伸べた足は……ずぶずぶずぶ〜と、引き込まれていつたのだ!
 『底なし沼の恐怖』といふのを、想像できるだらうか?
 秘境アドベンチャー映画なんかを見れば必ずや出て来るであらう。はまつたら抜け出ることの出来ない恐ろしい沼だ。
 と、つまりそんな感じだ。
 ずぶぶぶぶ〜と、吸ひ込まれとてもではないが、その足を引き抜くことが出来ない。底がどこにあるのか判らない。しかも、いままで、たいして気にならなかつた臭ひが、攪拌(かくはん)されたのか一気に押し寄せて来た。
 ああ〜〜〜〜。このままぼくは、う○この海に飲まれてしまうのか!
 引き込む力と、襲ひ来る臭いに耐え、必死にへりにしがみついてもがいた。(丸穴は土管のやうなもので出来てゐた)
 しかし、子供の力など、直径2メートル深さ不明の穴に集め詰め込まれた『う○こ』の吸引力の前には屁でもない。臭ひも屁なんてもんぢやない!
 引き込まれてゐるのは片足だが、どんどん体が傾いて、付け根よりも上まで、ずり込まれ残された片足も役にたたず、焦りと苦しみだけが、脳裏を埋め、体はどんどん埋まり……。
 まあ、幸い、そばで遊んでゐた姉に助けられて、ぼくは九死に一生を得た。
 もちろん、パンツまでしみた。
 近くの水道を借りて洗つたが、ぼくは下半身スッポンポンで家まで帰ることになつた。
 と、臭ひ話につい熱が入つてしまつたが、本当にう○こでよかつたと思ふ。
 これが、無造作に捨てられた放射性廃棄物だつたら……。
 さう思ふと、ゾッとする。