エンベディング2005年06月23日 09時11分43秒

 先日、意味不明の文章を書きましたが(いつも?)今日はそれの解読です。括弧付きで「いつも?」と出しましたが、このブログではよくお目にかかる混乱の元だとも思はれますが、癖ですね。これに初めて出くはしたのは、中学の時アリステアマクリーンを読んだときなんですが、翻訳物にありがちなのではないかと言ふのが、勝手な感想で、苦手の要因でもあります。苦手なのに自分では使つてしまうと言ふ身勝手さで、本日、いつもに増して、読みづらいと思ふので、お付き合ひいただく方は大変かと存じます。
 「エンベディング(The Embedding)」イアンワトソン(山形浩生[訳])国書刊行会。SF小説です。
 300ページぐらいの本ですが、50ページぐらいまで読んだところで、全然整理がつかなくなり(とにかく人物の判別がつきにくい)このまま読み続けてもだめだと判断。最初に戻り、拾ひ読みしながら、手元に人物表を作りました。こんなことしたのは初めて。この小説は、ミステリー小説の様に登場人物を表紙の裏などに書いとくべきだつたんではないでせうか?
 ただ、言へることは、さうまでして読まねばと思ふ吸引力があつたと言ふことかな。なんだか、気になる素材だつたのです。
 エンベディングは「埋め込み」と言ふ意味らしく、つまり括弧付きなんです。単に説明がへたなだけかも知れないですが、文章を書いてゐるとその途中に注釈を入れたくなる。つまり「A」の話をするためには「B」に触れなければならず、後ではだめなんです。さらに「B」のために「C」も紹介しておく必要があり、さうすると括弧内括弧と言ふ絶対に点をもらえない作文が出来上がつてゆきます。しかもそれは、たまたま始まりが「A」に過ぎなかつただけであつて「C」の括弧内に「A」が存在する可能性(ほぼ確実に)があります。この埋め込みは限りなく(万物が干渉し合つてゐれば当然のこと)しかし、絶対的時間の流れのため、始まりの「A」を忘れること、ひいては何が言ひたいのかわからなくなる。
 しかし、こんな「言語」を自由に使へる人間が出来たら、それは、凄いのではないか!?と、言葉を覚える前(すなわち幼児(乳幼児(赤ちゃん)))の頃から、脳にそんな概念を埋め込んでゆけば、人間の可能性が大きく広がる!?と実験をしてゐる人がゐます。
 しかし(「しかし」ぢやないか?)すでに埋め込みを実現(努力した訳でなく原初の昔から)してゐるアマゾンのとあるインディオがゐます。
 さらに、巨大宇宙船が現はれて(小説内では「グローブ」と表現されている)そこにはとある宇宙人が(当たり前か)乗つてゐて、彼らはとんでもない距離を一瞬で渡ることが出来る(ワープとは呼ばない)。実は宇宙そのものも「埋め込み」で出来ていて、それが理解できるとある宇宙人(グローブ内に捕はれて(実際にはちやんと取り引きされてゐるらしい)ゐる)の力で航行してゐると言ふ。
 宇宙は常に流動してゐるが「A」の宇宙から遠く離れた「X」の宇宙へ行きたい時に「X」は「A」埋め込まれてゐるし、「A」は「X」に埋め込まれてもゐるので、流動の加減で、埋め込みが近くなる瞬間があり、それを理解できる(読めると書いてあつたか?)とある宇宙人に「今だ!」と言はれたら、ピョンと飛べばいいのだ。と言ふ。(例としてクジラと潮流の関係が上げられてゐたが、さうなのか?)この読める宇宙人でも、まだ、読めない埋め込みがあるらしく、グローブの宇宙人はそれを求めて取り引きを続けてゐると言ふ。
 とまあ、ぼくなりの解釈なんで、違ふかも知れないけど、面白ひと言ふか、厄介だけどそそられる。言語が大きなモチーフになつてゐるあたり、山田正紀の「神狩り」を思ひ出す。(訳者あとがきでも触れてる(このあとがきが、辛辣で面白ひ)(わざわざ括弧書きにする必要も無い))。
 しかし、若き山田正紀が「神狩り」と題したときにすでに、ある種の投げ出され方を覚悟して読まねばならなかつた(そもそも神なんかゐないし(問題発言?))のに対し(「神狩り」好きです。SFに投げ出し(投げ出され)は「あり」でしょ(SFでなくてもか))どうなるんだろ!と思つてしまつたから、さあ大変。急転直下。物事、どんどん解決(ぢやないんだけど)してゆく。あつけなく次の段階へゆく。てな具合に、途中まで一生懸命じつくり理解しながら、読み進んで来たスピードの超加速が余儀なくされる。ま、まさかとは思ふけど、この人はコミカルに描いてゐるの?なんて思ひも浮かび。え〜〜〜〜と引きずられたあげく、パッと放され、スコーンと飛ばされてしまうのだ。
 凄い。はじめちょろちょろなかぱっぱ(意味不明)
 ま、冷静に考えると、地球の因果律の中に埋め込まれてゐる人間の言語で書かれてゐるものが、それ以外の事象を(少なくとも)文章で表現するのは不可能と言ふことなんだろな。

 で、最終的な感想は、面白かつた。

 つ〜か、思つてたより読みやすい内容になつた(このブログのこと(思つてゐるのは自分だけ?))。
 埋め込みについて「翻訳」の問題も実はまだあるのだと思ふな、つまりまだ地球人同士でも理解不能なことは多々あるのだ。小説のなかの大きなモチーフで「新アフリカの印象」と言ふ詩のことが、出て来て(気になる気になる!)翻訳不可能と言はれてゐるらしい。同作者による「アフリカの印象」と言ふのは翻訳されてゐるらしいので、読んでみたいな。でも、保谷田無市図書館7つあるうちどこにもないのだ。
 もう出掛けなきゃ。初「絵」なし。

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