涙のソング ― 2005年09月20日 16時27分30秒
みなさんは歌を聞いて訳も判らずに泣いた、涙を流したことはあるだらうか? ぼくはあります。 と、自信たつぷりに言ひおいて。付け加えますと、ここで大事なセンテンスは「訳も判らずに」であります。そもそも音楽と言ふのは、自分の経験などにリンクしやすく、例えば、別れてしまつた彼女彼氏とよく聞いた曲なんて、そりやあ、聞けば思ひ出しますな、病気や倒産で苦しんだ時期に自分を救つてくれた歌なんか聞いたら涙でますよ。それは、記憶(思ひ出)の問題です。で、あらためてまた言ひます。「歌を聞いて意味もなく訳も判らず泣いたことは?」(言葉が増えてますな‥‥‥‥) まあ、深く追求すれば何か意味があるのかもしれませんが、取りあえず「自覚のあるなしで、訳も判らず」と緩和しておきますか。 で、さて、それは40数歳の時、「26の時」と言ふ歌を聞いた時でありました。 カルメンマキとOZです。カルメンマキと言へば、知られてゐるのは「時には母のない子のように」ですが、おそらく日本のロックを語る時に忘れてはならないのが、カルメンマキとOZと言ふグループ。ぼくはレンタルレコードで聞いてゐたのですが、CD時代の昨今(もう遠い昔からだね〜)買ひましたよ。もちろん。愛聴版です。たびたび書いて来た「CD処分」の時も、ベスト版は処分出来ませんでした。カルメンマキはOZ以外にも、グループをいくつか結成してゐますが、やはりOZが一番ですな。最近ではソロアルバムで昔の仲間とやつたりしておるやうです。母親の余裕?が積み重なり、リラックスしてでも厚みのある歌が、なかなかな感じになつてます。 と言ふことで、さんざん聞き続けてきた歌。「26の時」はもちろん好きな曲。それが、何故、40歳を数年過ぎたあの時、涙を流させたのか不明です。「26の時」と言ふのは、お母さんが昔「あんたのお父さんは海の向こうにゐるんだよ」と教えてくれたことを振り返りつつ未来を見つめる歌です。まあ、進駐軍ベイビーですな。ぼくと重なり合ふ部分は、全くありません。つくづく不思議。この歌の醍醐味は、なんと言つても中盤歌ひ上げる部分で、カルメンマキは歌ひ上げず。淡々と語るやうに歌ひ。しかも、同じ歌詞を、かぶせて語るところにあります。「語るやうな歌」と「語り」のユニゾンであります。本当になんでだかわかりませぬ。何度も聞いてゐるこの部分で、どうと涙が溢れて来てしまつたのです。一人でゐる時でよかつた‥‥‥‥。 まあ、体調とか、気温とか、体温血圧気圧いろいろあるんでせうかね。その後何度も聞いてゐますが、涙は出ませんな。
で、最近ヤバかつた曲は「名もなき詩」です。なんでだらう。この歌は、数年前、国分寺方面によく仕事しに行つてたころ、車の中で練習しました。だから多分今もカラオケで歌へます。かなり完璧に仕上げましたから!?
さて、もう涙はつきましたが、チルドレンつながりで、最近『マイ』リバイバルなのは、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの「ティーチ ユア チルドレン」 |
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32回も見た人がゐますってのがいいね。 まあ、ただ冷静に見ると、なんでこの映画見たんだろな。あんまり見たい映画ではなかつたやうな気がするんだが、高田馬場パール座(今はライブハウス)で、二本立てのはずのところ見たのはこれだけのやうなのだ。不思議だ。 |
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