エキストラの頃2006年02月08日 23時12分11秒

 あらかじめキチンと説いておかねばならないことがある。「ブログについて」にも書いてあるし、今日のタイトルにも『エキストラ』と書いてあるが、実のところ、この稼業をやつてゐるひとはさう呼ばれる事を嫌ふ。すくなくともぼくのやつてゐた頃の人たちはさうだつた。もちろん、この仕事にはいろいろな人が来る、学生アルバイト、定年後のおぢさんおばさん。言つてしまうと遊び半分な人もゐたことは間違ひないので、さういふ人たちは全然気にしなかつた。しかし、本気の人々は違ふ。俺たちは役者だと自信をもつてゐた。なので、エキストラといふのはあくまでも事務処理用の呼称で呼ぶためのものではないと、今更ながらに理解していただきたい。
 では、本来はなんて呼んでゐるのか?『しだし』なんて呼称(仕出しか?)もあつたが、これもあまり使はれない。
 今は知らない。当時(30年ぐらい前か)は現場の人も心得てゐて、エキストラと口にした人は記憶にある限り一人だ。基本的に現場では大体所属事務所(派遣事務所、あるいは劇団)の名で呼ばれる。ぼくの場合『国際演技者紹介所』といふところに登録してゐたので「国際さん」と呼ばれてゐた。
 さらに、その時の現場で役柄が明確になれば、通行人、喫茶店の客、ウエイター、新聞記者、下っ引き、自衛隊、警官、学生、丁稚、籠かき(かごは重い!)、百姓(「さん」はついてゐた)などなど、いろいろな呼ばれ方をした。

 さて、ぼくが最初に行つたのは、東宝撮影所。『ノストラダムスの大予言』である。呼ばれたのは男女二人づつ四人。会社員が、ビルの屋上から、異変を眺めるといつた様なシーンのためだつたらしいが、その日は結局、ぼくらの出番はなかつた。
 前の日に指示が出されるのだが、「10時、東宝舛田組、背広ネクタイ」といふ様なお達しで、初めてのぼくは緊張した。背広ネクタイは未経験だ。持つてもゐない。まあ、持つてゐなくても、衣装部屋(その他大勢用の大量倉庫)があるので、心配は無いが、そんなことは知らない。
 パチプロの青年。離婚したばかりで暇な女性。結婚してるけど暇な女性。そしてぼくの4人。控え室でひたすらおしゃべりをして一日が終はつた。
 その後も『ノストラダムスの大予言』に何度か言つたが、屋上のシーンはどうなつたか知らない。この映画のことは以前にも書いたと思ふ。

 さて、二日目は『青葉繁れる』岡本喜八監督。草刈正雄、秋吉久美子、十朱幸代などが出てる。
 何故か同じ四人のメンバーだつた。店の使用人かなんかに着替へて「どこへいけばいいのですか?」と不安に聞いたら、「頭に手ぬぐい巻いたおぢさんがゐるからすぐわかるよ」と言はれた。岡本喜八の事である。トレードマークなのだ。当時、コマーシャルに出てた気もする。しかし、撮影の内容はよく覚えてゐない。セットの裏に十朱さんが、ちょこんと座つてゐて、そこに一緒に待たされた気がする。十朱さんは可愛らしい人だつた。ぼくら4人メンバーの離婚直後暇女性が手相を見るのが得意だと言つて十朱さんの手相を見たのを覚えてゐる。
 この日撮影はしたのだらうか?十朱さんはしてゐると思ふが、ぼくらは結局ゐらなかつたのかも知れない。

 で、さて、三日目(実のところ三日目かどうか定かではないが)『青春の蹉跌』東宝続きだ。
 この日は、主に大学生のアルバイトが集まつた。何故かといふと、主人公が学生運動で捕まつた時のことを回想するシーンだからだ。もちろんどんなショットになるのかわからない。
 鉄格子だけあるベニヤのセットでぼくらは中に座り込み「インターナショナル」を歌ふのだ。ショーケン(つまり萩原健一)は歌はず歯をぎりぎりとして悔しがる。ぼくは、待機中に鉄格子に寄りかかり、ショーケンに「おい、つくぞ」(セットの鉄格子はペンキ塗り立て)と注意された。優しくである。みなさんの知らないショーケンだ。
 だいたいスターさんたちはエキストラに優しい。もちろんサービスもあるが、大事にしなければいけないのだといふ考えが彼らの中にはある。
 ところで、このシーンであるが、ぼくも他のみんなも「インターナショナル」を歌へなかつた。ぼくらは全学連世代ではないのだ。これにはショーケンさん少々声を荒げた。ぼくらにでなく助監督に「みなさん知らないよ!ちゃんと教えなきゃ!」と。
 しかし、にわか仕込みでそんなに歌へるものではない。腕はぶんぶん振つたものの歌は使へる歌にはならなかつた。でも、どうやら雰囲気だけで歌は最初からゐらなかつたのか?
 完成された映画では、映像だけの短いシーンだつた。まさか、芸なし野郎どものせいで、そんなシーンになつたのなら、問題だと思ふが‥‥‥。
 似たやうのことは、時々ある。ぼくはピアノを弾けないのにバーのピアニストをやつたことがある。昼メロだつたか、タイトルは忘れた。当時はサングラスを常用してゐたので、スタッフからサミーと呼ばれた。サミーデイビスジュニアの事だ。でも、手元はもちろんなし、身体をわざとらしく振つただけだ。意外と無計画で、現場で決めるとかういふことになる。ピアノ弾きが必要かどうかぐらい先に決めとけばいいことだ。プロでなくても弾ける人はゐる。最近はさういふ事はないと思ふが。

 ついででもないが『青春の蹉跌』はよく出来た映画だ。時代なのか、作りが大胆で斬新である。最近の映画には少ないと思ふ。音楽もいい。井上尭之である。スパイダースだ。スパイダースといふのは堺正章がボーカルだつたバンド。ショーケンはテンプターズだ。まあいいや。井上尭之だ。
 ラストに流れる曲は圧巻だ。シンプルなピアノでピン〜ポン〜パン〜ピン〜ピンピンポン〜パ〜ンポ〜ン(て、いつもながら解る訳も無い)と始まつたそのメロディーがゆつくりゆつくり繰り返され、どんどん厚く盛り上がつて行く。ぷぃ〜んぴゅぃんぴゅぃんぴ〜んぷゃんぷゅんぴゅおんと、まあ、浸れる曲なのだ。
 レコードはあつた筈なんだが、CD化されてゐない?
 ぜひとも iPod に入れたい曲だ。