陰謀、魔王、幸太郎 ― 2006年02月15日 23時16分14秒
このタイトルは『ヤン坊、マー坊、天気予報』の語調で呼んでいただけるとありがたい。まあ、ほとんど語呂合はせにもなつてゐないといふ意見はありますし、それに何があるか意味がといはれてもありませぬ。
なんとなくです。意味不明でも、こんな意味不明なら人に迷惑もかけないでせう。
さて、図書館に予約してゐた本が、集中して3冊も番が回つて来てしまつた。最近ぼくは2週間で1冊読むぐらいのペースなので、これは大変だ。ただ、まあ、1冊は伊坂幸太郎なので、比較的早く読めるかと思つた。
以前にも書いたと思ふ。伊坂幸太郎は今一番お気に入りの作家だ。読みやすい面白い。
しかし、これはなんだ?
ああ、タイトルは『魔王』2004年12月初出。2005年7月に発表された続編の『呼吸』とまとめて1冊になつてゐる。
で、しかし、なんだこれは?に戻る。
しかし、なんだこれは?の前の行も再確認する。
読みやすい面白い。
そして、しかしなんだこれは?に続く。
なんだこれは?
読みやすい。読みやすいにもほどがある!
この読みやすさは異常だ。
これは確実に伊坂幸太郎の意思が働いてゐる。
しかし、この異常な読みやすさは、読書慣れした人や、あまり本を読まない人にはわからないと思ふ。ぼくの様な中途半端な読書量の人間だけが気づいたのだ。もしかしたら日本でぼく一人かも知れない。まあ、かういふ思ひ込みは驕(おご)りとも言へるし、井の中の蛙(かわず)かも知れない。『言葉をしゃべれる様になつた猿は1匹ではない』と考えれば、他にもゐるかもしれない。
続編の『呼吸』になると伊坂の意思はより明確になり、これはあきらかに知らせたいのではないかとすら感じる事を思へば、すでに大勢の人が気づいてゐる事なのかも知れない。
それでも、まだぼくは自分だけではないのか?と思ひたい気持ちがあり、それは、その『伊坂幸太郎の陰謀』が、本気なのか?とどうしても疑ひたくなつてしまうほど恐ろしい事だからだ。
それは、ぼく自身常々思ひ続けてゐて、なかなか形を結ばない言葉にできない『しくみ』みたいなものがあつて、最近やうやくこれは『自然』と呼ぶしかないのか?と思ひ始めてゐるもの(こと)なのだが、ぼくより16歳も年下の伊坂君はもう見極めてしまつたといふことだ。2004年すでに。
そして、すでに行動に移したといふことなんだ。
ついセンセーショナルに『陰謀』といふ言葉を使つてしまつたが、これはなされれば偉業である。
第一作以来。人と人とのつながり、世界(国々といふ意味ではない。世の中といふ方がいささか近い(いささかと伊坂はかけてゐる))を埋める流れのやうなものを表現し続けてきた伊坂幸太郎は、長い時間がかかるであらうけれども挑戦することにしたのだ。
もう断定してゐるが、方法論を提示しただけとも考えられないことはない。ぼくの早合点だ。
それは、次の作品『砂漠』で確認するべきと思ふ。
図書館の予約は67番目。あとどれくらいで手元に来るか。
なんとなくです。意味不明でも、こんな意味不明なら人に迷惑もかけないでせう。
さて、図書館に予約してゐた本が、集中して3冊も番が回つて来てしまつた。最近ぼくは2週間で1冊読むぐらいのペースなので、これは大変だ。ただ、まあ、1冊は伊坂幸太郎なので、比較的早く読めるかと思つた。
以前にも書いたと思ふ。伊坂幸太郎は今一番お気に入りの作家だ。読みやすい面白い。
しかし、これはなんだ?
ああ、タイトルは『魔王』2004年12月初出。2005年7月に発表された続編の『呼吸』とまとめて1冊になつてゐる。
で、しかし、なんだこれは?に戻る。
しかし、なんだこれは?の前の行も再確認する。
読みやすい面白い。
そして、しかしなんだこれは?に続く。
なんだこれは?
読みやすい。読みやすいにもほどがある!
この読みやすさは異常だ。
これは確実に伊坂幸太郎の意思が働いてゐる。
しかし、この異常な読みやすさは、読書慣れした人や、あまり本を読まない人にはわからないと思ふ。ぼくの様な中途半端な読書量の人間だけが気づいたのだ。もしかしたら日本でぼく一人かも知れない。まあ、かういふ思ひ込みは驕(おご)りとも言へるし、井の中の蛙(かわず)かも知れない。『言葉をしゃべれる様になつた猿は1匹ではない』と考えれば、他にもゐるかもしれない。
続編の『呼吸』になると伊坂の意思はより明確になり、これはあきらかに知らせたいのではないかとすら感じる事を思へば、すでに大勢の人が気づいてゐる事なのかも知れない。
それでも、まだぼくは自分だけではないのか?と思ひたい気持ちがあり、それは、その『伊坂幸太郎の陰謀』が、本気なのか?とどうしても疑ひたくなつてしまうほど恐ろしい事だからだ。
それは、ぼく自身常々思ひ続けてゐて、なかなか形を結ばない言葉にできない『しくみ』みたいなものがあつて、最近やうやくこれは『自然』と呼ぶしかないのか?と思ひ始めてゐるもの(こと)なのだが、ぼくより16歳も年下の伊坂君はもう見極めてしまつたといふことだ。2004年すでに。
そして、すでに行動に移したといふことなんだ。
ついセンセーショナルに『陰謀』といふ言葉を使つてしまつたが、これはなされれば偉業である。
第一作以来。人と人とのつながり、世界(国々といふ意味ではない。世の中といふ方がいささか近い(いささかと伊坂はかけてゐる))を埋める流れのやうなものを表現し続けてきた伊坂幸太郎は、長い時間がかかるであらうけれども挑戦することにしたのだ。
もう断定してゐるが、方法論を提示しただけとも考えられないことはない。ぼくの早合点だ。
それは、次の作品『砂漠』で確認するべきと思ふ。
図書館の予約は67番目。あとどれくらいで手元に来るか。
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