冷たいこえ2006年03月13日 22時32分58秒

 あれは冬場だつたと思ふ。間違ひなく寒かつた。
 ぼくたちは、薄着だつた。ヤクザの役で、素肌に一枚何か着てゐるぐらいだつたと思ふ。足元は地下足袋だつたか‥‥‥。
 映画は『青春の門』である。東宝の作品だ。舞台はもちろん今の北九州辺り筑豊だ。しかし、主なロケは東京近辺。九州ロケをしたかどうかは知らない。
 ぼくたちがかり出されるのはもちろん東京周辺だ。東京のエキストラをわざわざ九州まで連れて行つたりはしない。ぼくの経験した一番遠いロケ地は大井川だ。これについてはまたそのうち書くとして、東京近辺でだだっ広い荒野をイメージしたときに使はれるのは御殿場だ。この時もさうだつた。
 御殿場は一言でいふと寒い。吹きっさらし(辞書には「吹きさらし」しか載つてないな。小さい「つ」を入れるのは東京方言か)だ。
 そして、シーンはヤクザたちの抗争で!ぼくはやられる側だつた。ドスでも持たされてゐたかもしれない。でも、やりとりするのは、アクションチームの人たちで、ぼくたちは後方でやいのやいのしてゐるだけだつたらう。役目のメインはその後だ。つまりぼくたちが主に参加した?のは、土手の上から、肥え桶の肥えをぶっかけられるといふものだつた。まあ、つまり「ウンコ」だ。
 とはいへ本物ではない。(当たり前か)水をそれらしい色にして新聞紙をぐちゃぐちゃにして混ぜた物だ。全然臭くない。
 これ、夏場の撮影だつたら、楽勝どころか、気持ちよいぐらいで、逆にいふと臨場感が全然出なかつたのではないかと思ふ。この時は繰り返すが大変寒く、絵の具を溶かした水とずぶ濡れの新聞紙は、滅茶苦茶冷たかつた。かけられると絶叫モンである。なので、ウンコとは違ふが、惨めなやられっぷりは出てゐたのではないかと思ふ。
 ただ、だんだんやつてゐると麻痺してきて楽しくなつてくる。こんなシーンの撮影は楽しい。とにもかくにも勢い良くやりさえすればいいぼくたちは楽なもんだつた。しかし、ドロドロのずぶ濡れである。撮影後はまづロケバスに乗るために『水』で泥だけ落とし、なま乾きのまま一路東京へ!
 砧の東宝スタジオの風呂(結構広い)へ入つたのだ。
 気持ちよかつたな〜。
 と、「お前、目、真っ赤じゃん」と言はれて鏡を見る。
 ぼくは子供の頃から充血しやすかつたのだが、あれ?
 白目の部分が、ゼリー状に膨れ上がつてゐた。黒目部分は堅い感じでそのままだが、丁度境界線からきつちりぶよぶよが始まつてゐて、素材の差がわかる。
 いささか焦つた。『猿の軍団』でいつも目の回りを黒く塗つてゐるのがいけないのだらうか?なんて思つたりもしたが、明けの日ぐらいには収まつたと思ふ。
 さて『青春の門』で撮影に参加したのはそれだけだつたか?
 ウンコシーンが気になつてゐたのか、(迫真の演技が映つてゐるかどうか?)公開まもなく見たやうだ。
 見たやうだとはいい加減だが、よく覚えてないのだ。3時間もある映画だ。
 どうだつたかな〜。もしかしてカットされてたんだらうか?それが、ショックで映画自体忘れてしまつたとか‥‥‥。
 それから、同時上映!?(3時間もあるのに!?)らしい映画があつたやうだ。タイトルは『This is my father』といふ。全く覚えてゐない。短編だと思ふが、とりあえずタイトルで調べてもわからない。なんだらう?