タイミング‥‥2006年08月10日 23時09分14秒

 またスモールファウンテンの話で恐縮だが、先月(7月)に、突然中東へ行つた事を思ひ出す。突然といふのはぼくの勝手な言ひ草で、Sorry としてはきちんと計画的に事を進めてゐるのだと思ふが、ま、とにかくぼくは『え?なんで?』と思つてしまつたのだから、仕方ない。で、なんでまたそんな事を思ひ出したかといふと、最近のイスラエルとレバノンの状態をさりげなく振り返ると、我がスモールファウンテンの訪問の時期と重なつて来くるのでなんだか、やるせなくなるのだ。いや、まさか、我が国の Sorry がマッチを持つて行つて擦つてきた訳はないが(そんな力のあらう筈もない)なんとも変なタイミングになつてしまつたなと思ふんである。
 そもそも中東こそ泥沼であるから、いつ行つても同じなんだらうが、一体何をしに行つたのだらうと考えると、悲しくなるんである。(けふはなんだか『んである』な気分?)
 レバノンはイスラエルの北にある。行つたことはないが、地図を見るとレバノン山脈があり、イスラエルに比べるとだいぶ高地が広がつてゐる。勝手に想像すると、イスラエルより『水』が豊富なんだらうか?

 と、まあ、明らかな知識不足により、映画の話にする。
 アモスギタイといふイスラエルの映画監督の作品『キプールの記憶』
 見たのはもう随分前です。
 『キプールの記憶』とはそも何?原題は『KIPPUR(キプール)』です。
 中東戦争の話ですが、いはゆる戦闘シーンは出てこない。
 主人公は、後方支援といふか、負傷兵を運ぶ仕事に就きます。後方支援と言つても、負傷者は最前線にゐるわけで、かなり過酷な役割と言へませう。
 どうやら監督自身の経験に基づく内容のやうです。邦題の『記憶』といふのはそこからつけたのかも知れません。調べると『キプール』は『ヨムキプール』と言つてユダヤ教徒の贖罪の日。イスラエルの休日にエジプトとシリアの連合軍が攻めて来た第四次中東戦争をヨムキプール戦争と呼ぶのださうです。(これを知らなかつたことは恥でせう)
 ベトナムでは、テト攻勢といふ逆の出来事がありましたね。『テト』は旧正月。通常はテト休戦てなことになつてゐたので、油断してゐたアメリカ軍に精神的ダメージを与えたものです。(ま、ベトナム戦争ものはよく見たので‥‥‥)
 で、『キプール』です。
 映画のストーリーといふか、主に描かれてゐることは、その徒労な救出作業のあげく、救出用ヘリが攻撃を受けて、でも九死に一生で生き延びて、家に帰るてなことなんですが‥‥‥。
 凄いのはね。
 常軌を逸してゐるにも関はらず。普通なんです。
 主人公はマイカー(汚れてますが)で、出掛けるんです。
 途中で友人を拾つて、会社に行くみたいに。
 そして、マイカーでふらりと恋人だか奥さんのゐる(「待つ」と書く気分になれない)家に帰ります。「ただいま‥‥」てな感じに。
 異常な日常を感じます。
 しかも、細かく書くと自分の行くべき舞台には行けず。偶然あつた軍医を連れて別の舞台へ行き、そこで、その後方支援に従事する。といふ臨機応変さ!?曖昧な軍隊?誰がどこで指揮をとつてゐるのか?
 先述した通り、戦場のシーンに戦闘のシーンがありません。
 敵の姿は、最後まで見られない。救出用ヘリも攻撃は受けますが、攻撃をした相手は見えない。戦場には負傷兵が倒れてるだけ。主人公は負傷兵を運ぶだけ。助かりさうもない兵士は息があつても運びません。
 どんなに変でも、わけが解らなくても、これは普通の生活なのだから終はりがないのだ。混沌とはこれのことよ。と、画面は言ひます。
 誰が、何のためにこんなにしたんですかね?
 なんだか「そっちが先にぶったんだろ!」みたいな低級な話になりがちなんだけど、何十年もそんな生活をしてゐると人生変へられなくなるものなんでせうか?よその国のこと考えてゐる余裕なんかないんだけど、ニュースを見ると、複雑な気分になります。
 Sorry は何をしに行つたんですかね〜?