華氏9/112006年08月06日 23時38分26秒

 見逃してたんで、またしてもTSUTAYAレンタルDVDで『華氏911』見る。
 ぼくは、2001年のあの日たまたまテレビで煙のビルを見た。なんだらう?と非現実的に見てゐたら、友人のTGOが電話をしてきて凄いことになつてゐると知らせてきた。今見てると答えるぼくの声が淡々としてゐたらしく、電話の先で、戸惑ふ感じがした。受話器を耳に当てているとき、丁度2機目が飛び込んできた。すでに煙が出てゐるといふことはその2機目以前に何かあつたわけだが、その時が、報道的に映像で再現される訳もなく、それは当たり前だと思つた。
 しかし、1機目の映像は後日見ることが出来た。たまたまニューヨークの消防士のドキュメントを撮つてゐたフランスのクルーがゐたのだ。アングルがベストなアングルだつた!?ぼくは気になつた。フランスのクルーがどうのかうの言ふつもりもないし、調べる能力もない。でも、その後、自演ではないかとの話題も出た。真実はわからない。ひとつだけ言へることは反対意見で、自国の人を犠牲にするやうな事を国がやるわけないではないか、だからそんな事ありえない。といふものがあるのではないか?(もちろん大勢の外国人もビルにはゐた)
 ‥‥‥残念ながらあると思ふ。
 イラク攻撃に際して、子羊たちの毛布生地氏が『民間人の被害は最小に押さえるやうにする』といふのを聞いたことがある。ニュースでだ。まあ、これは他国だけど、その言ひ草は到つて『普通』だつた。最小に押さえるといふことは何人かは犠牲になるといふことだ。当たり前のやうに語つてゐた。普通ぢやないと思ふが‥‥‥。

 さて、この映画は、題して9/11だが、アメリカ人の立場としてはつきりさせたい気持ちはあるやうだが、自演は思考の外だと思ふ。まあ、それはともかく想像以上に力作だ。これでもかといふ感じで負の面(ダークサイド?悪心?)を見せられて、なんともいたたまれない気持ちになる。これが、コメディーとしてしか認知されてゐないといふことにも、なんだか宙ぶらりんな気持ちになる。
 笑えるところなんか全然ない(笑いたくて見たかつたわけではないよ)数カ所苦笑するのみ、コメディーといふオブラートがいいのか悪いのか?マイケルムーア氏は良しとしてゐるんだらうが‥‥‥?

 とにかくヘビーです。会社名も次々に出てくるので、よく知らないとむつかしくもあります。濃いです。

 ところで、我ながらかなり無理があつたので‥‥‥。
 子羊(ラム)たち(ズ)毛布生地(フェルト)濁点が足りないよ。

スパイ:大作戦:32006年08月08日 22時12分23秒

 あんまり関係ないけど、ピーターグレイブスつながりといふことで『五人の軍隊』ジャンルとしてはマカロニウエスタンになるのかな?丹波哲郎がいいんだ。サントラも持つてゐるんだが、ジャケットには主役のピーターグレイブスももちろん丹波哲郎の絵も写真もない、何故か2枚あるどちらも脇役のバッドスペンサーだ。

 と、けふのお題に。

 『スパイ大作戦』を見てゐたのは中学の頃だつた。マッチに火をつけて導火線が燃えてゆくイントロをパフォーマンスにして遊んだものだ!?チャラララ〜〜〜〜チャラララッ!ジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンジャンとテーマソングを口で奏でつつ両の手で導火線の燃える雰囲気を作り出し、教室の壁に沿つて進むのだ。もちろん、100%意味はない!(いや、あるか?)
 それもこれもラロシフリンの偉大な音楽の成し遂げたパフォーマンスだと思ふ!?

 いつもに増して意味不明で申し訳ない。

 ホントのお題はこちら?
『M:i:III』を大泉レイトショーで見た。そこそこ客は入つてゐた。
 IIIといふぐらいで三作目だが、音楽の流れ方がオリジナルに近かつた。なんといふか、作りも昔風なところがあつて、タラリ〜タラリ〜といふ音楽がヒヤヒヤドキドキ感をあおり、好ましい作りだつたと思ふ。やはり、アメリカ人も冷や汗はタラ〜リと流すんだろか?でも、ラロシフリンはアルゼンチンだか、どこか南米の人だつたか?
 といふ具合に、蘇る『スパイ大作戦』なところが厚く、意識したんだろか?と思つたりした。ただカメラは昨今のアクション映画同様(当たり前か)ぶん回し、短いカットでつなぎまくり、何が映つてゐるのかよくわからないけれど、迫力だけはある。音楽がなかつたら、意味は半減したかも知れない。ま、にしてもとにかく、楽しめる内容ではあつた。だけど、昔風な部分と同時に今風?違和感?トム的?な部分といふか内容もあつて、やや戸惑ひはあつた。(別に『スパイ大作戦』を見に行つたわけではないが)シリーズだとすれば通常プログラムにも関はらず番外編も楽しめてしまうといふ1話で2話面白い!?作りなのだ!?まあ、でも、それは欲が深すぎるのでは?(だから、長い。後15分短くして欲しい)
 本来はその番外部分が本気の部分だとは思ふ。映画としてはね。でもぼくは『スパイ大作戦』を思ひ出してしまつたので、よりギャップに苦しんでしまつたな。

 ところで、番外編といふものなんだが‥‥‥‥。
 『スパイ大作戦』を一体何本見たのか解らないが、はつきり言つて内容はあんまり解つてなかつたのではないかと思ふ。いや、絶対理解してなかつた!難解だとは思はないが、ロクに勉強してない中学生には、無理でせう。だから、覚えてゐる話はほとんどありません!からうじて覚えてゐるのは、金庫の床に穴をあけて、金の延べ棒を一度溶かして流しだし回収して、再び固めるといふやつかな。これは、溶けて流れるときに、全部流れ切らず床にへばりついて残つてしまう分があつたわけで、しかも、そのへばりついた金をわからなくする為にコンクリートで上塗りしてしまうといふ豪快な仕事ぶりで、もつたいないといふよりも、ミッションが完璧ではないのではないだらうか?と思つたからだ。しかし、今思へば泥棒ではないので、金を盗むことがミッションではなく無くすことがミッションだとすれば、それでいいわけだ。かういふところがむづかしい。
 それで、番外編なんだが、解りもしない覚えてもゐない話の中で、最も印象深いのが番外編なんである。『M:i:III』を見てゐて思ひ浮かんだ。(番外と言ひ切つてしまうのは、少々傲慢か、特殊話とでも言ふ?)

 で、以下ネタバレ。(テレビシリーズなんで、なかなか見ないと思ふけど)
 それは、作戦にジムフェルプス(リーダー、ピーターグレイブス)と、役名は忘れたけど変装の名人(マーチンランドー)の二人しか出てこない話だ。(いつもは5人ぐらいでやる)
 その話は、冒頭でいきなり作戦を失敗して、後は延々逃げる話なのだ。(まあ、細かいことは全然覚えてないが)途中で、ジムは女に惚れてしまいその女は死んでしまう。つまりラストシーンなんだけど、そこがいい。これはホントによかつた。だつて覚えてるんだもん。
 おそらくもう少しで脱出出来るといふところまで来たのだけど、そんな事態が起きてジムは呆然としてしまうのだ。(単に惚れてたからだけでなく、助けられなかつたことに呆然としたのかも知れない)相棒の(マーチン)にその気持ちはよくわかる。だけど、逃げ出さなければならない。そんな、展開だ。

 それで、声をかける。
マーチン「ジム‥‥‥」
 黙つて死んだ女を見続けるジム。
 マーチン再び冷静に。
マーチン「ジム‥‥‥」
 ジムは返事をしない。
 マーチン周囲に気を配つた。今しか逃げるチャンスはない。
マーチン「‥‥‥‥」
 しかし、あくまでも冷静に声をかけた。
マーチン「ジム‥‥‥行こう」
 何も言はずに、歩き出すジム。
 もちろん脱出する方向に。
 ほぼ同時に歩き出すマーチン。
 黙つたまま歩く二人のシルエット。
 しっ、渋いぜ!

 つ〜ぐらいなラストシーンだ。
 長年の記憶でかなり脚色されてゐるかも知れないが、中学生をしびれさせたラストシーンだ。
 クールな感じって〜の?
 通常プログラムももちろんクールなんだけど、情感といふ意味で、これは番外なクールさなのだ。
 
 少しだけ話を戻すと『M:i:III』は、情感模写が濃い。正直言つてぼくには濃過ぎる。さらにトムクルーズの熱演がくどい(あくまでも好みの問題よ)ので、なんか重たい気分になつてしまつた。娯楽作としていい出来だと思ふのだが、その辺がちよつとね。

 と、話がジグザグするが、番外編のこと。番外編といふのはやはり邪道だと思ふ。でもでも、一番印象に残つてしまうのが番外編だとすれば、それを作りたくなるのも人の心の弱さかな。シリーズの仕事をしてゐると番外編の誘惑は中々切れるものではない。

 とまたジグザグと『M:i:III』へ戻つて来ると、なんか番外編の臭ひがするんだな。映画でオリジナルなんだから、番外もなにもないもんだが、スパイたるもの結婚なんかしてはいけないなんて(本当は逆だと思ふ。スパイは平凡に結婚して、普通にくらしてこそスパイだと思ふ)ルールに反した設定をもつて来てね。後半3分の一ぐらいは、なんか、ちよつとどうだつたかな〜。

 と、ところで、彼らの組織名は『IMF』といふんださうな。インポッシブルミッションフォースだつて。国際通貨基金と同じなのでびつくりしたよ。1も2もさうだつけ?
 上海を舞台にしてゐるところ、完全ネタバレなんで言へない人物設定等、あれこれ意識してゐるんだらうなと思ふ。

 それから、もうひとつだけ。
 ローレンスフィッシュバーンは、松平健と瓜二つだ!
 違ふのは肌の色だけ、いつからこんなに同じ顔になつたのだ!?

今日のラフ2006年08月09日 20時41分01秒

 さて『シルクロード少年ユート』最終話の絵コンテ作業に入つた様子(!?)
 これ、多分、シナリオ最終稿書いたの昨年の9月だと思ふな〜。
 あのシーンどんな風にせやうかな〜と、あれこれ考えあぐねてゐたシーンが シナリオ読み直したら無かつたよ。
 あらら!
 長かつたので、脚本何稿目だか忘れたけど、カットしてたんだな〜。結構初期段階でカットしてたのかな〜?さういへばそんな気がする。記憶の片隅に残つてゐる涙を飲んでの決断!
 その割りには忘れ去つてゐた訳だから、大した決断ではなかつたのかな〜。
 いや、ホントはカットしたくなかつたのかしらね〜?
 とまあ、そんな具合だから、読み心地が新鮮。

 で、ラフです。
 まあ、ラフと言つてもぼくの場合。本番用でもたいして絵の質は変はらないので、こんな絵から、作画さんデザイナーさんたちは、作品を完成させてゆく訳です。プロフェッショナルな技です。

タイミング‥‥2006年08月10日 23時09分14秒

 またスモールファウンテンの話で恐縮だが、先月(7月)に、突然中東へ行つた事を思ひ出す。突然といふのはぼくの勝手な言ひ草で、Sorry としてはきちんと計画的に事を進めてゐるのだと思ふが、ま、とにかくぼくは『え?なんで?』と思つてしまつたのだから、仕方ない。で、なんでまたそんな事を思ひ出したかといふと、最近のイスラエルとレバノンの状態をさりげなく振り返ると、我がスモールファウンテンの訪問の時期と重なつて来くるのでなんだか、やるせなくなるのだ。いや、まさか、我が国の Sorry がマッチを持つて行つて擦つてきた訳はないが(そんな力のあらう筈もない)なんとも変なタイミングになつてしまつたなと思ふんである。
 そもそも中東こそ泥沼であるから、いつ行つても同じなんだらうが、一体何をしに行つたのだらうと考えると、悲しくなるんである。(けふはなんだか『んである』な気分?)
 レバノンはイスラエルの北にある。行つたことはないが、地図を見るとレバノン山脈があり、イスラエルに比べるとだいぶ高地が広がつてゐる。勝手に想像すると、イスラエルより『水』が豊富なんだらうか?

 と、まあ、明らかな知識不足により、映画の話にする。
 アモスギタイといふイスラエルの映画監督の作品『キプールの記憶』
 見たのはもう随分前です。
 『キプールの記憶』とはそも何?原題は『KIPPUR(キプール)』です。
 中東戦争の話ですが、いはゆる戦闘シーンは出てこない。
 主人公は、後方支援といふか、負傷兵を運ぶ仕事に就きます。後方支援と言つても、負傷者は最前線にゐるわけで、かなり過酷な役割と言へませう。
 どうやら監督自身の経験に基づく内容のやうです。邦題の『記憶』といふのはそこからつけたのかも知れません。調べると『キプール』は『ヨムキプール』と言つてユダヤ教徒の贖罪の日。イスラエルの休日にエジプトとシリアの連合軍が攻めて来た第四次中東戦争をヨムキプール戦争と呼ぶのださうです。(これを知らなかつたことは恥でせう)
 ベトナムでは、テト攻勢といふ逆の出来事がありましたね。『テト』は旧正月。通常はテト休戦てなことになつてゐたので、油断してゐたアメリカ軍に精神的ダメージを与えたものです。(ま、ベトナム戦争ものはよく見たので‥‥‥)
 で、『キプール』です。
 映画のストーリーといふか、主に描かれてゐることは、その徒労な救出作業のあげく、救出用ヘリが攻撃を受けて、でも九死に一生で生き延びて、家に帰るてなことなんですが‥‥‥。
 凄いのはね。
 常軌を逸してゐるにも関はらず。普通なんです。
 主人公はマイカー(汚れてますが)で、出掛けるんです。
 途中で友人を拾つて、会社に行くみたいに。
 そして、マイカーでふらりと恋人だか奥さんのゐる(「待つ」と書く気分になれない)家に帰ります。「ただいま‥‥」てな感じに。
 異常な日常を感じます。
 しかも、細かく書くと自分の行くべき舞台には行けず。偶然あつた軍医を連れて別の舞台へ行き、そこで、その後方支援に従事する。といふ臨機応変さ!?曖昧な軍隊?誰がどこで指揮をとつてゐるのか?
 先述した通り、戦場のシーンに戦闘のシーンがありません。
 敵の姿は、最後まで見られない。救出用ヘリも攻撃は受けますが、攻撃をした相手は見えない。戦場には負傷兵が倒れてるだけ。主人公は負傷兵を運ぶだけ。助かりさうもない兵士は息があつても運びません。
 どんなに変でも、わけが解らなくても、これは普通の生活なのだから終はりがないのだ。混沌とはこれのことよ。と、画面は言ひます。
 誰が、何のためにこんなにしたんですかね?
 なんだか「そっちが先にぶったんだろ!」みたいな低級な話になりがちなんだけど、何十年もそんな生活をしてゐると人生変へられなくなるものなんでせうか?よその国のこと考えてゐる余裕なんかないんだけど、ニュースを見ると、複雑な気分になります。
 Sorry は何をしに行つたんですかね〜?