つづき2006年09月28日 13時33分13秒

 幼い頃。物心曖昧、記憶も薄い頃。
 家族で映画を見た。(場所については諸説あるが、本人の記憶によれば鹿児島県なのだが、どうも世田谷区(推定すれば今はなき「二子劇場」といふことになる)らしい。この記憶と事実の差には深い意味はないが、小学校へ上がる直前ぐらいに((この時期については事実確認がなされてゐないため断言はできないが)母の故郷である鹿児島県川内(せんだい)市に寝台列車で行つた記憶があり、映画と川内の風景が何故結びついたのかはわからないが、以後かなりの長い期間、鹿児島で見た映画といふことになつてゐた。多分、間違ひだとわかつた今でも、田んぼのあぜ道と、夜の場末の映画館の光景は同時記憶としてある。

 その映画には『豚』が出てゐた。たくさん。

 そして、ぼくは、子供の頃、豚肉が嫌ひだつたのだ。
 映画によるトラウマだと思はれる。「豚肉=気持ち悪い(気持ち悪くなる)」といふ構図が出来上がつてゐた。
 もつとも豚肉嫌ひは、小学校高学年になるころには、克服した。といふか忘れ去られてゐた!?それどころか、いつの間にか好物になつてゐた。(東京育ちのぼくは「すきやき」は豚肉である。貧しかつたといふよりもそれが普通だつたと考えるべきだらうと思ふ。そもそも牛肉を食べたのは大人になつてからだ。まさか吉野屋?)
 ま、とにかく幼い男の子に豚肉の衝撃を与えた映画の事は、ず〜〜〜〜っと深い記憶として残ることになつた。

 そして、中学ぐらいから映画好きになつた。好きなものは何度も書いた通り西部劇と戦争映画で、しかも、ほとんど洋画にしか興味がなかつた。日本映画のことが気になりだしたのは高校に入つてからだと思ふ。キネマ旬報のベストテンなんかに興味を持ち出して、日本映画に『豚と軍艦』といふ映画があることを知つた。

 これ、気になつた。
 あの映画にぴつたりのタイトルだつたからだ。

 まさか、そんな有名な映画だとは思はずにゐたから、かなり驚いた。
 しかし、今のやうなビデオDVD時代ではないから、確かめるのは困難だ。
 監督は亡くなつた今村昌平だ。洋画オンリーだつたぼくは知らなかつたが、名作をたくさん作つてゐる人だつた。
 そしてさらに10年ぐらいたつて、やうやく記憶の確認をするときが来た。
 新宿の映画館(歌舞伎町だつたと思ふ)今村昌平作品オールナイトで見た。「にあんちゃん」「幕末太陽傳」そして「豚と軍艦」だ。もう一本あつた気もするが忘れた。

 で、
 間違ひなく「あの映画」だつた。
 おそらく20年近く心の奥底に居座り続けた記憶の確証をついに得た!
 満足だつた。
 そして、滅茶苦茶面白い映画であつた。
 大満足!
 よかつたよかつた。
 と、ここで終はる訳にはいかない。
 幼い男の子を豚肉の衝撃に陥れた真実の裏付けはどうなのか?
 『豚肉=気持ち悪い』伝説の謎は!?

 あまりにもあっけない結末なのだが。
 つまり幼い子供はストーリーを理解出来なかつたといふか、シーンの展開をきちんと把握出来なかつただけなのだ。
 子供の記憶を説明せやう。

 とある登場人物が豚肉を食べた。
 その人物は気分が悪くなり、腹を押さえながら、原っぱをよたよたと歩いた。
 死にさうだつた。
 夜のシーンで、暗い中、白い背広を来た(モノクロ映画です)その人物の苦しみ具合は目に焼きついて残つた。
 (そのシーンと、豚の暴走!?シーンは『記憶通り』にスクリーンに再現された!驚き!覚えてゐた通りだ!幼き頃の吸収力おそるべし!)

 さう。映像は間違ひなく記憶通りだつたのだが、そのシーンはどちらかといふと『笑える』シーンであつた!凄い!映像の妙!二重の感激!?
 にしても、この映画を小学生に上がるか上がらないかぐらいの子供を連れて見に行つた親は謎である。『豚』と『軍艦』だから子供向きだと思つたのだらうか?『三匹の子豚と戦艦大和』なんてタイトルだつたらいざ知らず。不思議だ。

 さて、ところで、そのシーンの本当の内容を説明はしないが、その人物を誰が演じてゐたかだけ、これだけはきつちりと書いておく。
 その俳優の名は『丹波哲郎』
 いや〜。ぼくの幼い伝説の産みの親はあの人だつたのだ。
 凄い!三重(さんじゅう)の喜び!?

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