二子玉川22007年05月11日 20時43分58秒

 まあ、つまり探してゐたのは、まづは『都会』であること‥‥。
 都会の定義は、いろいろ考えられるけど、都会を求めてならばもつと他の場所が浮かぶはずなのに、何故いきなり二子玉川が浮かんだかといふと、撮影の自由度を考えてのことでもあります。
 いきなり、どこか守りに入つた考え方だけど、それは、つまりアメリカが舞台である西部劇をスペインで撮影するといふやうなことを思ひ浮かべて欲しい。
 例えばネバダ砂漠では残存放射能が漂ひ危険だけど、スペインなら安全に撮影が出来ると言つたやうなことだ‥‥。
 例えば新宿渋谷で撮影するよりも、楽かもしれないと、まあ‥‥。
 つまりどんなに言ひ繕つてもやはりだめですな。はなからすり替へをしてゐたのかも知れない‥‥。
 かも知れないけど‥‥。それでも、決して、単なる弱腰かといふとさうでもないのだ。
 幼い頃、ぼくにとつては、二子玉川は本当に都会だつたのだ。
 もう、ホント遥か昔のことだけど、玉電といふ路面電車が走つてゐて、その両端は『渋谷』と『二子玉川』だつた。
 なんとも象徴的だなあと思ふ。

 ここで、もうひとつの主旨に関して、付け加えると、それは『夢』だ。
 明確なものではないかも知れない。どこか茫洋としてゐたとしても、広がる未知の世界に対する『夢』
 子供にとつては、大人の世界なんか最たるものだ。よくわからないけれど、自分がいつか行く場所なんだ。
 必ず行く筈の場所。そこに思ひ浮かべる『夢』が欲しかつたのだ。

 そして、ビデオカメラを回しながら、あれこれ探つてみたのだけど、何か違つた。

 ここが都会でないとか『夢』がないといふことではない。
 二子玉川はとても『いい』街だつたのだ。
 どこか落ち着いてゐる。安心感がある。
 それでは、まづいのだ。
 そして、多分‥‥そんなことは初めから判つてゐたことなのかも知れない。
 ただ単に久しぶりに来てみたかつただけなのかも知れない。
 それで、ぼくは、急遽玉電のアザーサイド『渋谷』へ向かうことにしたのだ。

 渋谷に関しては、とくに書かない。
 今回はあくまでも『二子玉川シリーズ』だから‥‥。
 ただ、一つだけ「面白ひ違ひ」があつたので、それだけ書いておく。
 それは、撮影してゐても二子玉川で人々は無関心だつた。あるいは気にしないやうにしてゐた。逆に渋谷では、カメラに向かつて来る人が多かつた。
 それが何故面白いかといふと、昔は、都会の方が撮影に対して無関心だつたのだ。シリーズ『エキストラの頃』(?)でも、書いた。新宿のロケだと、人々は通り過ぎ、少し都心を離れると、人々は寄つてくる。
 つまりさういふことだ。二子玉川は昔の都会なんだ。

 カメラを構へてゐると、ファインダーに入つてくるその人が、意識して前に来たのかどうか判る。
 下の写真の人たちは、全然意識してゐなかつた。ぼくは本当に目と鼻の先でカメラを構へてゐるたのだが、気づいてないのではいか?と思つたぐらいだ。
 いきなり連れて来た犬をバッグに入れてゐた。



 この日、子供の日だつたんだよな。
 でも、この白い風船は‥‥。ここでもソフトバンクがうるさかつたな〜。
 そこだけが、今の都会してたかな。

 まだ、もうちよつとだけ書きたいことがあるんで、つづく。

コメント

_ はばら ― 2007年05月12日 20時35分41秒

まだ広島県の片田舎に住んでいた小学生の頃、「小学館の学習雑誌」に掲載された「二子玉川園・円谷怪獣ランド」の記事に都会への憧れを感じていました。
そんな経験から、今でもニコタマは都会の印象です。

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