帽子の存在感2008年08月13日 21時14分49秒

 あれからもう3ヶ月たつてしまつたか。
 相棒を見た映画館にこれを忘れてしまつた。
 行きには降つてゐた小雨が帰りにはやんでゐた。
 そんな、身軽な駅までの道。
 ふと、何かが違ふことに気づいた。
 心も身体も……頭も軽い!
 と、慌てて映画館へ戻る。次の上映は始まつてゐたが、そこは入替性の強みか?城内整備のあとであり、預かり場所へ行くと、しつかりあつた。「どんな帽子ですか?」「キャップです」「これですか?」といふぐらいにすぐに見つかつた。よかつたよかつた。

 しかし、それから2週間かそこらでまた忘れてしまつたのだ。
 しかも、このときは一体どこに忘れたのか覚えが無く、真剣に行方不明状態だつた。
 つまり、無くしてすぐに気づかなかつた訳だ。
 もしかしたらバスに忘れたのかとも思つた。家の近辺では、西武バスと関東バスが走つてゐる。それから、地域のコミュニティバスだ。これは、営業所へ探しにゆかねばなと思ひつつ、愚図愚図としてゐたのは、本当にバスかどうか確信が持てなかつたからだが、無くしたであらう曜日を記憶の中から絞り出し、もしかして、もしかして、も〜しかしてあそこでは!?と思ひ当たる場所もあつたからだ。確信よりも期待に近いものだつたかも知れない。
 もうひとつは、家の中のどこかにさりげなくあることも期待してゐたのだ。
 だいたい玄関に置く習慣なのだが、自分の部屋まで被りつぱなしで戻り、そこに置いてしまうことも多々あるからだ。ただ問題は、その部屋は四次元五次元ポケットのある部屋で、物が消えたり突然現れたりすることがよくある場所なのだ。
 逆にいふと『いつか出て来る』といふ危険な信頼感のもてる部屋でもあるのだ。
 でも、時は過ぎ、一週間は過ぎただらうか?
 四次元ポケットは作動せず。
 一縷の望みで、確信より期待の図書館へ行つたのだ。
 で、そこでの会話。
 「帽子の忘れ物なかつたですかねえ?」
 「今日?」
 「いえ、一週間以上前だと思ふんですけど」
 「じゃあ、そっちの箱です」
 と、奥の箱を見る。
 「あ!……ありました」
 てな具合に、これもあつさりと見つかつた。
 よかつたよかつた。

 といふか、なんといふか。
 この二回の出来事で印象深いのは、たまたま集められた『忘れ物たち』の中で、この帽子がひときわ目立つてゐたことだ。自分のものだから、真つ先に気づくのは当たり前かも知れないが、みすぼらしく汚れた姿が何よりも目についたのだ。
 普段被つてゐるとさほど気にならないのだが、かうやつて一旦離れてみると、それはもう自分のものとは思へないほど自分のもの以外の何物でもない。写真では判りにくいが後頭部の汚れ具合といふか、擦れ具合は凄い。

 いやあ、忘れて悪かつた。
 と、思ふ瞬間だ。

 こんなにも汚してしまつたんだなと思ひつつ、実はこの帽子は娘が友達からもらつた帽子なのだ!
 もう何年前だか忘れたが、年齢とともにファッションも変はり、初めの頃は時々借りるぐらいだつたが、今ではほとんど専用である。だからと言つて娘の大事な帽子であることには変はりなく、これは無くすわけにはいかない帽子なのだ。

 と、その割には、その後もとある撮影スタジオに忘れたりとかしてしまつたり……。
 歴戦の帽子なのだ。

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