師走ライダー ― 2008年12月17日 21時38分03秒
しかし、寒いので、なるべく暖かいところがいいなと思ひ、闇雲に南へ向かう。
第三京浜好きだし、12月のこともあらうにウィークデイの朝、混雑の環八を内回りして、いざゆかむ。
なんとなく逗子でもいいかなんて思ひつつ、突然!
千葉に見たい物があると感じる。びびび!?
では、久里浜からフェリーだ!
と、横浜横須賀道路をひたすら南下。
ついでだから、ペリー公園なんて観光してみるか……と

「ぺるり上陸の地」と書いてある。
なんといふか、ただの公園である。
バイクを止めるところもなく、ぐるりと裏側から入つたので、ますますその感が強かつたのだが……。

これが記念碑なんだけど、遠景の煙突の煙と相まつて、なんだか終末感を漂はせてゐる気がしませんか?
で、ここまで来て、これまたいきなり蘇る記憶。
ここへは来たことがあるでないの!!
といふことで、12年前1996年の同じ場所。

みんな記念碑の土台に乗つかつちやつたりして……。
ペリーに対してベリイフレンドリイなこの態度。
因みに「北米合衆國出師提督伯理上陸紀年碑」と書いてあり、伊藤博文の書なんださうな。
「紀年」です。
まあ、なんつうか、こんな紀年碑を建てるつうことは、黒船の侵略に感謝してるつうことかね。
いはゆる悲劇の地に建てるモニュメントではなささうだ。
なので、横須賀あたりの人々は幼い頃から、北米合衆國に親しみを覚えつつ大きくなるんやろな。
この公園がいかにも町の公園風なところが、それを物語つてゐる気がします。
しかし、自分を振り返つて見ると、この12年で、北米合衆國に対する気分はずいぶんと変はりましたぜ。
さらに、北米合衆國といふ単位でものごとを捕らへてはいけないのだなといふ反省までしました。
記念碑に対する印象が変化するのもいたしかたない。
いま彼の地に終末が……。
なんてことは、どうでもいいや。
本当に思ひだしたのは、こちらです。

「久里浜ペリー祭」だ!
ペリーさんあんときはようきてくださつたなの気持ちを今に伝へる!?大感謝祭????
今もやつてゐるのでせうかこのお祭り。
見ての通り、夏です。
ステージに立つとるのは、もう解散してしまつたけれど「ハミングバード」
野外ステージ大好き人間だつたので、このときもバイクを走らせて行つたのだつた!
あの頃は多分、ホンダロードスター。
久里浜、馴染みあるぢゃん。(来たのはこのときだけだけど)

下は、新人アイドル?


しばらく野外ステージ見てないな〜。
まあ、冬はつらいけど……。

「しらはま丸」と書いてある。
惜しい!
今回乗つたのは「かなや丸」だつた。
不況ライダー ― 2008年12月19日 19時57分09秒

海のそばへ来るのは久しぶり。
な、気がする。
前回、1996年の写真にゐた「しらはま丸」を紹介しましたが「かなや丸」も写つてました。

そもそもいつ頃から働いてゐるのかしらね。
さて、フェリー乗り場についたのは、お昼過ぎ12時20分ぐらい、割と都合良く45分に出るやつがありました。
いつもはどうなんでせうか?
ぼくのバイクは2番乗り。

つ〜か、この便に乗つたバイクは2台だけ。乗用車も少なかつたです。
お昼時だからなのか?
平日は空いてゐるのか?
本来、生活用なのか、観光用なのか?
12月のお昼、久里浜発金谷行きは、まあ、がらがら……。

これ、乗車券。
カメラ担いでいかにも観光客然としてゐるのはぼくぐらい……。

人つ子一人ゐません。
て、まあ、甲板は寒いッス。
若いにいさんたちが、出てきたけど、しばらくして「さみ〜〜」とか言ひながら、船内へ戻つて行きました。
そこへ行くとこちらはバイク用に完全防寒してましたんで、大丈夫だつたのだ。

ところで、久里浜から金谷は約40分。潮流の加減だと思ふけれど、逆コースだと35分らしい。
タイミング良く乗れたのはいいのだけれど、昼食タイムが微妙になつてしまつた。金谷で食べるつもりではあつたのだが、1時半ぐらいにはなるわけで、それなりに朝早かつたし……。

なんてことを悩みつつ、でも、折角久里浜からフェリーに乗つたのだから、ここはそれ、やはりこれだよ。
と、記念に「よこすか海軍カリーパン」を食べる。

軽食コーナーの売店で売つてる。
レンジで温めてくれるのだ。
それをわざわざ風の甲板で食べる。

これが、包み紙の全貌だ。
『由来
元々、イギリス海軍の「軍隊食」であったカリー。
明治期にイギリス海軍を範として成長してきた日本海軍は、カリーを「軍隊食」に取り入れたことに始まる。』
『てにをは』に一瞬悩むが、まあいい……。
わかるけど、これはやはり軍隊記念品!?
こちらは北米ではなく英国なわけだけど、西洋列強になじみ深さを感じることの出来る風土を感じてしまうけふこのごろ。
何か、物言ひが引つかかるとお思ひの方もあらうが、地元の人をとやかくいふつもりは毛頭無い。横須賀あたりはあこがれの地でもあつた。
ただ、とある人物の人格形成になんらかの影響を与えたのだらうなと思はずにゐられないだけだ。
たつた1人に対してだけの感想です。
まあ彼が子供だつた頃には、このネーミングのカリーパンがあつたかどうか知らないが……。

と、そんな由無し事(よしなしごと)を巡らしながら、カリーパンを食べてゐると40分なんてアッといふ間。
げげ!もう着いたのかい!
と、慌てるぐらいの勢いで金谷に着きます。
満腹ライダー ― 2008年12月24日 20時33分50秒

ところで、かうして閑散としたデッキを眺めつつ、車両収納部に置いてきた愛車の写真でも撮らねばと思つたのだが。
この「かなや丸」の車両甲板は1Fと2Fとあつて、バイクは1Fにワイヤーで固定されてゐる。
これは、ヒマを持て余した単なる師走ツーリングではなく、あくまでも資料集めなのであると、自らをマインドコントロールするためにも、フェリーに固定されたバイクの写真は必須である。
が、出港した後に最下部には入れないのだつた!

2Fは客室甲板と同じ階なので、見られるのだがね。
2台……。



前回の報告通り、フェリーでカレーパンを食べたので、空腹といふことではなかつたのだが、この先どんな困難が待ち受けてゐるやも知れぬので、この先にあるレストラン(フェリー乗り場直結)で食事をすることに。
この恐慌の師走に団体客がゐた!
が、その一団も帰り支度の中、お昼時を微妙にズラした迷惑な客が一人やつてきた。
しかも、怪しい風体で、観光客には見えない。かと言つて仕事で立ち寄つたとはさらに思へない。
そんな不審なまなざしを素直に表現したウエイトレスさんが「食事ですか?」とやつてきた。
「はい」と答えると「船の時間大丈夫ですか?」と聞く。
親切である。
来たばかりだといふことを説明するのは面倒くさかつたので「大丈夫です」と軽く答えると、メニューを出しつつ「もう決まってます?」と聞くので、実は迷つてゐたが「これにします」と『づけ丼』にしてしまつた。
なかなかにこちらの心理を先読みした鋭い攻撃であつた(??)

そしてこれが『まぐろづけ丼』だ!
よく見れば、よく見なくても竹を割つたやうな性格の丼だ!?
かぐや姫の代はりにご飯とづけまぐろが入つてるつて感じぃ?
塩分控へめには少々味が濃いかも知れないが、美味。かにの味噌汁の風味がよか。と、超ありきたりなコメントをしつつ、腹ははもうパンパンである。
この竹丼は、最後の方が食べにくいのが難点か……。
でも、簀の子に乗つた竹丼は星3つ?

と、さて、カレーパンとづけ竹丼で、苦しくなつた腹を抱えつつ、寒いな〜との不安をよそに結構暖かくなつた日差しを受けつつ、突然の目的地へ向かうのだつた。
緊急ライダー発進 ― 2008年12月27日 12時02分26秒

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