出雲路 92013年03月01日 17時28分35秒

 ということで、前回紹介したでかい鳥居。
 いまさらですが、これは一の鳥居で「宇迦橋(うがばし)の大鳥居」と名前がついてます。
 高さ23メートルは日本一なんだそうだ。
(当日おそば屋さんでもらった参拝ガイドによる)
 そして、てくてくと再び一畑電車の出雲大社前を通り過ぎ「神門通り」を北上(文字通り上り道)してゆくと、二の鳥居「勢溜(せいだまり)の大鳥居」にたどり着きます。
 木製です。渋い。

 と、ここまでは門前のお店が並んでゐて(季節のせいでしょうか、静かでしたが…)おそばを食べた「出雲そばえにし」さんがあっったりして(参拝ガイドをもらった店…)
 釜揚げそば!
 前日駅で食った割り子そばといい、はっきり言って出雲そばは気に入りました。

 この勢溜の大鳥居からが、参拝路って感じですねぇ〜。
 入ってから振り返ってみると、宇迦橋の大鳥居が低い位置に見えます。

 ついでにガイドに乗っ取って説明しておくと「千家尊福(せんげたかとみ)公の銅像」があります。
 正面からも見える。

 そして参道を行きます。
 この本殿に向かって下る参道は珍しいらしい。
 確かにそうかな。
 そして、下りながら右をみると「祓社(はらえのやしろ)」があります。
 ガイドには『オススメ重要ポイント』とあります。

 その先が「浄の池(きよめのいけ)」
 池の方へ降りて、参道を見ると下っているのが判る。(写真だとわかりにくいですが…)

 参道を下がったところに「祓橋(はらえのはし)」
 しつこいようですが、下り具合が気に入ったので、橋を渡ってから参道を見てみる。

 でもって、三の鳥居「松の参道の鳥居」鉄製。

 で、これが松の参道です。
 わかりますかね?

 松の並びで参道が三車線(いや!三歩線)に分かれてゐます。
 ですが、真ん中は『松の根の保護のため、参道左右をお進みください』ということで、歩けません。立入禁止です。

 なんか不思議な気もしましたが、逆らう理由がありません。
 で、左歩線に入ってしまいましたが、右側通行にするべきだったか…なんて、後で思いました。
 左を進むと、先に「御慈愛の御神像」(だいこく様と因幡の白ウサギ)に遭遇してしまいます。

 いや、特別ルールはないのですが、なんとなく「ムスビの御神像」に会った方がそれっぽいかな…なんて思いました。
 大国主(おおくにぬし)の大神が「縁結びの神」になられたとき(!)の御様子(言葉遣いに気をつけねば…)ということなので、なんとなく…。

 ま、過ぎてしまったことはともかく
「手水舎(てみずや)」越しにだいこく様をもう一回見つつ、手を洗い清め、四の鳥居「銅の鳥居」へ。
 銅製の鳥居としてはわが国で一番古い(参拝ガイドによる)
 いよいよ本殿ブロック(!?)突入だ。

つづく。


出雲路 102013年03月03日 00時16分13秒

 さて、四の鳥居をくぐって左を見れば「神馬さんと神牛さん」

 そして正面に拝殿だ。
 御仮殿であります。

 本殿は遷宮に向けて大工事中なので、大国主大神はこちらにゐらっしゃるということです。
 現在本殿の周りは厳重であります。

 東十九社側も、
 西十九社側も行き止まり。
 もちろん正面も塞がっております。
 ですから、東で釜社(かまのやしろ)
 西で、氏社(うじのやしろ)2つなんかを参拝したり、

 御仮殿の太い注連縄を堪能しなおして、
(絞りの先っぽが妙に可愛い)

 西へ出てみると、そこは神楽殿。
 でかい注連縄に慣れてきたけど、
 さらにでかい!
 これは日本一の大きいのだと!

 で、突然ですが、写真を御仮殿の背後に戻しますと、日の丸が見えます。
 これは、神楽殿の前にあるのですが、日本一大きな日の丸なんだと!
 実はこれ、四の鳥居をくぐってきて左を見ると「神馬神牛」よりも先に目について驚きます。
 でかっ!…です。
 だから、直接撮りませんでした。

 一の鳥居といい「日本一でかい」にこだわりを見せる出雲かな。

 さて、ちょっと先に行くと「千家國造館(せんげこくそうかん)」
 出雲では、國造(くにのみやつこ)とは読まないらしいです。
 ここにも太い注連縄。
 さらにちょっと先に「祖霊社(それいしゃ)」
 これ以上中に入ってない…。

 実は、もうここいら辺りに来たときにはお賽銭用小銭が切れてしまい。
(お賽銭に小銭が必須であることに対して疑問は持たないで欲しい…)
 しかも、前日ずいぶん歩いたせいもあり。
 これまた実は、事情により履き慣れない靴を使用してゐたがために、両足の全指が悲鳴を上げてゐました。
(いまだに右足小指は、血が固まってペディキュアのようになってゐる)
 痛い…、歩くの辛い…、なので遅い…、
 不本意ながら牛歩戦術(!?)で、

 つづく。

出雲路 112013年03月04日 00時35分00秒


 と、足指10本の抗議を受けながら、というか悲鳴を聞きながら、再び拝殿の前を通り過ぎて東へ出る。

 そこは吉野川。

 写真の橋を渡ると「北島國造館(きたじまこくそうかん)」
 四脚門(しきゃくもん)というのが、これだと思います。
 自信ありません。
(出雲大社関係の現存建造物で一番古い!ということなんですが…)

 その反対(向かい合った位置)の階段を上がって
 進んだ正面に
 稲荷社(いなりしゃ)
 天穂日命社(あめのほひのみことしゃ)
 荒神社(こうじんしゃ)と、3つ社が並んでゐて、
 と思ったら滝の音がして、右手を見ると、
天神様が!
 さらに奥に天満宮がありますが、
ぐるりと回らないと行けません。

 で、注連縄。
 正門にも注連縄。

 で、さらに、おそば屋さんでもらった参拝ガイドによると「命主社」というのがあって、樹齢千年の巨木があると書いてある。
 こっちの方(東)だと言うことはわかるが、地図がない。
 今、このブログを書きながら調べてみると、この門からはほんの目と鼻の先にあることがわかるのだが、なにしろ牛歩戦術。
 そろそろ駅に戻らないと、間に合わないのでは…、通常歩行ならば7〜8分というところだろうが、正直半分以下のスピード。
 いや、そもそももう歩きたくないなんてだだっ子になりつつあり…。
 まあ、つまり駅から遠ざかりたくなかったので、断念しました。
 遷宮が終わったらまた来たいもんです。 

と、少々中途半端さが否めませんが、目的は、工事中と知りつつも本殿を少しでも見たいという意思。
 それは、なんとか成し遂げられたかな…。
 と、塀越しの本殿を何枚か並べてみます。
 いきなりこれってのも…。

 思い込みなのか、気のせいなのか、空気感が違うなと思いました。

 独特な密度というか重量感というか質量感あふれる姿に神話のイメージが自然に重なる雰囲気。
 やはりいつかまた来よう。

 今はここまで…。

大久野島を巡る2013年03月08日 10時02分22秒

雨が降っていた。
時刻は午後4時ぐらいだろうか?

ここはなんだろう?
ウサギが佇んでいる。

ウサギが佇んで…
奥に見えるのはなんだろう?

全体を見てみると…
立入禁止だ。
ウサギは入っているけど…

ここは島の南西部に位置する「三軒家(さんげんや)毒ガス貯蔵庫跡」
向かって左側は海だ。
(海側から見るとこんな感じ)

三軒家というのは地名なのか?
この辺りの事なのだと思うが、くわしくはわからない。

小さな島だが立ち寄れなかった場所がいくつかある。
その一つが毒ガス資料館。
真っ先に行くべき場所か?

いや、しかし、基本的にはウサギが見たくて行ったもんで…
もちろん毒ガスのことも興味はあったけど…
で、でも、ついでだったり…したかも…知れないな…
と、まあ、急に扱いに気を使い出したりしたのだが、折角巡ったのでクールに振り返ってみることにした。

この三軒家毒ガス貯蔵庫の前にある説明を抜粋してみる。
毒ガス製造時期(1929年〜1944年)
びらん性毒ガス「イペリット」が貯蔵されていた。
タンクは10トン。

ウサギが対比では少々判りづらいかもしれないが、ここにタンクが置かれていたわけだ。

説明によると、工場からタンクに直接「管」がつながっていて送り込まれていたということだ。
ガス管がどうにかなったら…と、思ってしまう。

そして背後に迫るウサギ。

むむっ!?と振り返っても姿勢を崩さない。

つづく。